「Propose again」

春の日差しがあたたかい、とある休日。

僕はお姉さんを誘って、電車で二十分ほどのところにある大きな公園を訪れていた。

僕がまだ小さかった頃、一度だけお姉さんと一緒に来たことがある公園だ。公園に着くまでの町並みはもう随分変わってしまっていたけれど、緑にあふれた広大な敷地は昔と変わらず、足を踏み入れた僕は思わず歓声を上げた。

「わあ……! ここ、昔と変わらないね、お姉さん!」

振り向いて叫ぶと、僕の少し後ろを歩いていたお姉さんが、くすくす笑いながら僕の隣に並んでくれる。その眼差しが、昔の「お姉さん」みたいで、何だかくすぐったい気持ちになった。

(ちょ、ちょっと子供っぽかったかな。公園に着いて歓声上げるなんて)

恥ずかしさで熱を持つ頬をごしごしと手で擦って、えへへ、とお姉さんに笑顔を向ける。

お姉さんは、笑いながら僕の頭を撫でてくれた。

お返しに、僕もお姉さんの頭を撫でてあげる。僕だって子供のままじゃない。もう手のひらの大きさは、僕の方が大きいんだから。

ふふんと胸を張ると、何故かより一層可笑しそうに笑われた。……どうしてだろう?

気を取り直して、公園へと視線を向ける。休日ということもあり、子供たちはあちこちで遊んでいるし、親子連れの姿もあった。散歩中の犬や猫、うさぎなんかもいて、随分と賑やかだ。

「行こ、お姉さん!」

僕はお姉さんの手を握り、ゆっくりと歩き出す。

公園にはなだらかな丘があって、僕たちはそのまわりをのんびり歩いた。

足元には、クローバーやシロツメクサが、緑と白の絨毯を広げている。

「綺麗だねぇ。シロツメクサいっぱい! 四葉のクローバーとか、探したら見つかるかな?」

わくわくしながらそう言うと、お姉さんは「探してみようか」と視線を落とした。

そうして、二人でしゃがみこむ。指先に触れる柔らかな葉っぱの感触が、とても心地いい。

(あ、そうだ)

四葉のクローバーを探していて、ふとある考えが浮かんだ。

僕はどうしてもそれが実行したくなって、お姉さんに向き直る。

「ねぇお姉さん、ここでちょっと待ってて」

僕がそう言うと、お姉さんは不思議そうに「どうして?」と首を傾げた。

その顔が可愛くって、思わず教えちゃいそうになったけど、ぐっとこらえる。

「ふふ、まだヒミツ。楽しみにしててね!」

そして僕はお姉さんから少し離れ、急いでシロツメクサを摘み始めた。

茎は、出来るだけ長く。花は大ぶりで、綺麗なものを。

……いつだったかお姉さんに教えてもらったやり方を、一生懸命思い出しながら。

「……出来た!」

最初は苦戦したけれど、感覚を取り戻してからはあっという間だった。ほんの5分か10分で目的のものを完成させて、声を上げる。

僕は出来上がったものを後ろ手に隠したまま、お姉さんのもとへ向かった。

「お待たせ、お姉さん。目、瞑って?」

お姉さんは首を傾げつつも、素直に目を瞑ってくれた。

うーん。嬉しいけど、これでもし、僕にちゅーされたりしたらどうするんだろう。あ、いや、しないけど!

一気に熱くなった顔をぶんぶん振って、気持ちを落ち着ける。

それから、ゆっくり慎重に、お姉さんの髪に触れた。

「――うん、やっぱりすごく似合ってるよ!」

お姉さんの頭に乗ったのは、シロツメクサの花冠。

ふわりと柔らかな髪に急ごしらえの王冠を載せて、僕はにっこりと笑った。

「まだ作り方覚えててよかった。腕は鈍ってないみたい」

白い花の冠は、お姉さんにとてもよく似合う。

やっぱり、成長すると手先が器用になるみたいだ。昔作ったのよりも、ずっとキレイに冠を作れた気がする。昔はこれよりもっと小さくて、不格好なものしか作れなかった。

自分が成長したことを実感すると同時に、またお姉さんとこんな時間を過ごせていることが、自分でも驚くくらい嬉しかった。

「お姉さん、お姫様みたいだね」

今なら、言える気がする。

昔は自信がなくて、「ごっこ遊び」っていう理由をつけなくちゃ言えなかった言葉。

四葉のクローバーと、小ぶりなシロツメクサの花を編んだ小さな指輪を、そっと取り出す。

「お手をどうぞ、お姫様」

お姉さんは引き寄せられるように、左手を差し出してくれる。

僕はそこに、ゆっくりと恭しく、緑の指輪を差し込んだ。

薬指に咲いた幸福の花。シロツメクサと四葉のクローバーの、とてもささやかなプレゼント。

「この手に」

胸の奥から、ぬくもりが溢れ出してくる。

あたたかくて柔らかな気持ちを、一生懸命固めて、言葉にする。

ひとつひとつ丁寧に、糸を紡ぐように。

「僕はあなたのこの手に、憧れていました。もう、ずっと昔から。まだ僕がほんの子供で、あなたを見つめることしかできなかった頃から」

虹色の絹糸みたいにふわふわした言葉が、僕の唇を離れて、ゆっくりと宙に浮かぶ。

お姉さんはそれをしっかりと受け取って、頬を赤く染めながら頷いた。

「でも、今の僕はもう、あなたを守れる。情けないところも、弱いところも、迷うことだってあるけれど」

お姉さんの手を、ゆっくりと握りこむ。

そしてその指先に、そっとキスを落とした。

僕だって、もう子供じゃない。あの頃は繋いでもらうばかりだった手も、こうして僕の方から、包み込むことが出来る。

「でも、あなたへの気持ちに、嘘は一つもありません」

今の僕がやったら、「ごっこ遊び」じゃなくなるって分かってる。

分かっているけれど、それでも。

あなたに、気持ちを伝えたかった。

「この指輪に、永遠を誓います。――ねぇ、お姫様。僕と、結婚してください」

晴れた昼下がり。青空の下で贈るプロポーズは、きっとすごく、僕らしい。

今の僕ならきっと、あなたを本当のお姫様にしてあげられる。

だから。

(……僕に、あなたをください)

この気持ちが、あなたに届きますように。

僕はお姉さんの指先を自分の頬に押し当てて祈るように目を閉じた。

「……お姉さん?」

ゆっくり目を開けると、お姉さんの顔が耳まで赤くなっていた。

その色を見て、はっとする。何だか物凄く恥ずかしいことを言ってしまった気がして、僕の顔は一瞬で、たぶんお姉さんよりも赤くなった。

「な、なん、なんちゃって! ひっ、久しぶりにね、プロポーズごっこ! プロポーズごっこしようと思ったんだけど! とと突然ごめんなさい!」

もうどうしようもなく恥ずかしくなって、僕は慌てて叫んだ。

「ぼ、僕ってどうしてこう考えなしに色々やっちゃうんだろ……うーっ」

両手で顔を覆ってうずくまる。唸りながら体を震わせていると、ふいに温かい手のひらが僕の頭を撫でた。

そしてぽつりと落とされた言葉に、驚いて顔を上げる。

「……お姉さん、嬉しかった、の?」

嬉しかったよ、って。

すっごくすっごく恥ずかしそうに、でもはっきりと、お姉さんは僕にそう告げてくれた。

それを理解した途端、僕の中で、飛び跳ねたくなるくらい温かくて幸せな気持ちが爆発する。幸せが、僕の体から溢れ出しそうだ。今にもパンクしそうなくらい、心臓がドクドク脈打っている。

「……うん、ありがとう。僕も、今こうしてお姉さんといられることが、一番嬉しい!」

お姉さんの手を取って、そっと引き寄せる。

お日様と、足元に広がる緑と、それからシロツメクサの優しい香りに胸を満たされる。
幸せを形にしたら、きっとそれはお姉さんの姿をしてるんだろうな、なんて、子供っぽいことを考えた。

「ね、お姉さん」

ゆっくりと、一音一音丁寧に紡げば、お姉さんはまっすぐに僕を見てくれる。

「さっきね、『プロポーズごっこ』って、言ったけど……」

こんなに幸せで、いいのかな。

あのペットショップでお姉さんに出会わなかったら、今こうしてお姉さんのとなりにいることはできなかった。体中がぽかぽか温かくて、世界中に「ありがとう」って言いたい気分だ。

「さっきの言葉は、全部本当だよ。僕から、お姉さんへの気持ち」

僕の声、震えてないかな。嬉しくて幸せで、ちょっとだけ泣いちゃいそう。

「お、お姉さん。耳貸して? あのね……」

――だいすき。

互いに耳の先まで真っ赤にしたまま、こっそりと伝え合う。

深くてあたたかい、心からの言葉だった。

END.